夫との思い出を持って最期を迎える

先週末は、自分の最期をリアルに考えながら過ごしていました(暗いネタですみません)。

私事になりますが、この度、家を購入しました。正確には、夫が購入したわけですが、その新居に足を踏み入れた瞬間に「ここで私は死ぬんだなあ」と、自分の死が急にリアルに迫ってきて、新居での新しい生活に心が踊るというよりは、感傷的になっていまいた。夫にプロポーズされた時は、「次に別れる時は、死ぬ時だな」と頭をよぎっていたくらいですから、私って根暗なんですよね(笑)

夫は9歳年上なので、平均寿命的には、私の方がかなり長く生きなくてはなりません。最期の時を考えると、子供を産んでおけばよかったと思うこともありますが、老後の世話をしてもらう為に、子供を育てるわけではないので、普段はあまり考えないようにしています。ですから以前の前波のエントリー「独りで死ぬ覚悟」の、「それでも、夫との思い出を持って最期の場面を迎えるのかどうかは、全く違うと思う」という一文に、随分救われました。死ぬ間際、「私の人生、あなたがいたから幸せだった」と言える相手がいるか否かでは、孤独感が全然違うだろうと思うのです。その相手が、自分の臨終の時に、生きているか生きていないかに関わらず。

最近、同年代の女友達の多くが「子供は本当に可愛いけれど、旦那はもういいや」と冗談ではなさそうな雰囲気で言ってるのを聞きますが、子育てが一段落して、子供が巣立っていった時、パートナーの存在に再び感謝するようになるんだろうなあと、生暖かく見守っています。

人生の最期に思い出すのは、仕事での成功や、世界旅行などではなく、何でもない日々の生活の中で、いつも隣にいてくれた人と笑いあっていた瞬間。だから、人でも多くの人に結婚して幸せになって欲しいと願う毎日です。死ぬ間際のことなんて、今から考える必要はないのに・・・やっぱり私って根暗だなあと改めて(笑)

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